なぜ私がそのテーマに向き合っているのかを、言葉で説明することを拒みたい。それ以外の部分について言葉を尽くすことを厭わないけれど、言葉で道をつくり表現に許しを得られるというプロセスじたいからなるべく距離をとりたい。

ディミトリス・パパイオアヌー『TRANSVERSE ORIENTATION』

2019年6月の『THE GREAT TAMER』以来のパパイオアヌー作品。
Transverse Orientation』とは、蛾などの昆虫が、月などの遠方の光源に対して一定の角度を保ちながら飛ぶ感覚反応のことで、光源が近距離の人工の光となると、飛翔方向の角度が変化してしまうことから、人が自らの人生で自分自身の方向性を見い出すという問題を扱うこの作品のタイトルになったという。
海から陸に上がって、人工の光とともに生きる人類。その身体に眠る記憶と未来が、約100分の公演の中に凝縮されていた。あまりに美しさの際立つ舞台なので真剣に見てしまうけど、あれ、ここ笑うところではと我に返らせるようなユーモアもある。今回は前方の席で見られたので(次回は舞台上の面が見渡せる席がいいけれど)、舞台美術特有のハリボテ感のあるモノの、日常のものでもなくオブジェともちがう、不思議に昇華された有様をじっくり見ることができた。
これほどの抽象化されたテーマに私などはたじろがないわけではないけれど、彼にしか作り出せない世界があるという確信が、次の舞台へも足を運ばせるのだと思う。

2年前のメモ:2020年3月24日午後2時日本橋で

日本橋、バス停、結ばれたビニールひも。茶色のバッグ、コートの8個のボタン、規則正しい。膨らんだマスク、足拭きマットが台車で運ばれていく。2つの黒いカバン、ふくらみが似ている。警備員(2人)、棒と棒、パーブルとピンクのマダム。警備員が帰っていく。運ばれていく葉むらさき。

鳩、とびあがる、だれもおどろかない、放置自転車の取り締まり員が2人、足元に犬、白とベージュのまだら、白いストッキングとヒール靴、鼻をつままれるマスク、車線変更するタクシー、左にかたむくトラック、荷台にみどりのシート。ずりさがるリュック、右下がり、左のポケットに深く差し込まれた手。黒いビーズの髪留め、息子が右足をあげて見せる。バイク便、0000 921200 5283 富 ビニール傘、エナメルのヒール靴(ヒール太め)、ワインレッドのカーディガン、振り回されるグレーの毛並みのぬいぐるみ、トレンチコート2つ、足場材を積んだトラック、大きいエンジン音。

Tokyo view from the top 、乗る人ゼロ
グレーのズボンにベスト、両手をポケットにいれて、リュックについたピンクの何かのキーホルダー。パーマ、うすい栗毛の髪、風でもりあがる、腫れぼったい目で、こちらを見る。紙袋3つ、警視庁パトカーの赤いサイレン、黒のキャスケットのつばがビル3階方向に向いている。規則正しい振り子時計のような腕の振り方、黒縁のメガネ。青い腕のクレーン車。左手、中指になにかある。赤いスニーカー、白い髪、根元の黒、黄色のひもぐつ、桜柄の傘。空のスチロール箱をもって歩く人、何ものっていない台車。だんだん右に寄っていく女性、つまさきが上を向いている。桜を見る女性2人、チューリップを見てりんごを叫ぶ子。南千住車庫行きのバスがくる。だれも乗らない。赤い旗が少し見える、青い旗はつねに見える。」りんご5個くらい入っていそうな白いバッグ。細い目と青いシャツ、あごまで下げられたマスク。振り子のような揺れ方のビニールバッグ、白いスカート、ふちに刺繍、黒いタイツにまとわりついている静電気。上下白をバイクが追い越す、上げられるジッパー、指さされた地面、メモ帳に書き込まれた文字、大きくふくらむ2枚の白い旗、右足をひきずる人、振り子のようにふられる腕、2台のスマホを見ながら歩く人、袖口にしまわれた手、シルバーのほろ、13本のすじ。日本橋のきりんの台座について話し合う2人の女性、左から右のふくらみの話。道をわたって向かいのきりんにも行く。

きりんの写真をとる男性、托鉢する僧侶、ベージュの着物、艶のあるお椀。久しぶりに出会う2人、船のとうちゃくを待つ人、右手に軍手をはめる。獅子に驚く赤ん坊。ピンクの法被を着てスマホで話しながら、乗船の受付をする、裏返される紙、2本の杖、2台のスマホ、すみに寄って話しこむ再会した2人の女性、ベビーカー(毛布に黒い革靴が見える)、赤いカップの持ち帰るコーヒー、フェニックスの話をする男児、クラクション、弟をなぐる兄、かたむいたリュック、しかる父。次の乗船は15時、空の船に2人の男、水紋、泡、進路変更、閉じられた門、ハトのふん。タクシー3台、パトカー、点滅するオレンジのライト、うごきだす2本の杖、托鉢の人がお椀をもつ手を右から左に変える。

船がもどってくる。はずされるネクタイ、ライトのついた自転車、青いバッグと白い紙ふくろ、東京オリンピック2020まで123日(電光掲示板)、銀色のバッグ、白い2本のズボン、左右左右、ピンクのはっぴの人が立ち上がり電話をしつづけている。白い車2台、タクシーをはさんで白一台。日本橋クルーズとかかれた船が到着する、15人の客、3人のスタッフ。ひっぱり出されるロープ、陸に結ばれる。拍手がおこる。新しい船、1人の男性がのりこむ、一番前の席に座る。トン トントントン トン トントン、トントン、まだ動かない船で男が写真をとる。

こがずにまたがったまま歩く自転車の男、うすい青のデニム、降りてキリンを撮る。出来に満足できずもう一度道路に出て撮ろうとするがやめて、上空の首都高を撮る、ほかに撮るべきものがないかまわりを見渡す、もう一度首都高を撮る。

船に乗る人はまだ増えない。日本橋クルーズは出発する。黄色い軍手、めくられる台本、マイクを握り、客1人のためにあいさつをする。2人の距離は2メートルない。写メをとっていた男性が移動。荷台にトイレットペーパー、別の角度から首都高を撮っている。

托鉢の人が着物のそでを直す。黄緑のワンボックスカー、運転手グレーのボーダー、一本だけ黄色、短髪。陸から放たれるロープ、出発する船、遠ざかる解説、青いライトが船をいろどっている。橋のうらがわにとまる鳩、托鉢する人が松の前に移動する。


ジョルジュ・ペレック「パリの片隅を実況中継する試み」を目の片隅に、(今は高速道路がなくなり明るい空の下となったであろう)日本橋の上の風景を記述。Ura Practiceでの試み。

アレック・ソス「Gathered Leaves」展

神奈川県立近代美術館に、アレック・ソス「Gathered Leaves」展を観に行ってきた。たくさんのプリントから圧倒的な目の幸せを得て、写真家・畠山直哉さんとのトークも聴けて、一週間経った今でもその時の充実感が残っている。
展覧会名の「Gathered Leaves」は、アメリカの詩人ホイットマンの一編からとられている。ソスはたびたび「写真と詩の類似、および両者の反発力」への言及をしているらしく、実際に、私の身近でも写真と詩の共通点を実感している人は何人かいる。今回、プリントを見て、その二つに通底するものを私もひたひたと感じ、もう少し、できることなら自分で言葉にできるくらい理解したいと思った。その際に一つの助けとなったのが、「葉山での展示への小さな補遺として」美術館が作ったコンパクトな図録だった。学芸員の三本松倫代さんによるインタビューとテキスト「葉の山に吹き寄せた葉たちについて」が優れていて、帰ってからも何度も読み返している。
以下、気になる部分の引用。

————

三本松さんのインタビューで引用されたダイアン・ディ・プリマの「詩についての覚書」/ Diane di Prima「Some Words about the Poem」の一節 p15, 23


私たちは記憶するために詩を書き、ときには忘れるために詩を書く。
 けれど忘却の中に隠され、暗号化されているもの、それは私たちの記憶であり — 私たちの秘密なのだ。
 詩は、何かを解き明かそうとしないまま、パラドクスを抱えている。
 ときに詩は、語ることのできないものを語る。


We write poetry to remember, and sometimes we write poetry to forget.
But hidden in our forgetting, encoded there, is our remembering — our secrets.Poetry holds paradox without striving to solve anything. Sometimes it speaks the unspeakable.

ソスの返答から p15,24

狩人のように、私はその瞬間に生きていることを実感するために写真を撮りに出かけて行きます。しかし、私を駆り立てる目標は、時間を止めること、つまり、本質的にこの流動の感覚を殺すことなのです。

Like a hunter, I go out to take pictures for the experience of feeling in the moment, alive. But the goal that’s driving me is to stop time; to essentially kill this feeling of flow.

————

アーティストトークを聴いたり、撮影の際のドキュメンタリーを見たりして感じたのは、、ソスはわからないことについては、はっきりわからないと言い、また、けして経験や考えを盛って話さない人だということだった。そして、これほどまっすぐに眼差しのポートレートを撮れるのは、社交的というよりもむしろとても内省的で、人との距離に敏感でありながら、訓練を重ねてきたからだった。彼自身の内面に湧きつづける詩のソースが、写真という姿をもつには、圧倒的な他者と出会う旅が必要なのだというその矛盾が、私を深く感動させる。畠山さんが指摘されていたアメリカ写真に受け継がれるヒューマニズムや、道ゆくアメリカ人のオープンさは、彼のソースがその姿を見せる過程で、主従が逆転するほど大事な要素なのだと思った。そうした時間をかけた複雑なアプローチが(現実の人間や風景を扱うからこその複雑さ)、「テキスタイル」のような写真を生み出しているのではという畠山さんの指摘も、とても腑に落ちた。

————

ダイアン・ディ・プリマについて調べていたら、アメリカ詩人の自作朗読のサイトを見つけた。ディ・プリマの朗読も聴ける。
https://writing.upenn.edu/pennsound/x/Di-Prima.php


蔓の旋回と天体の動き

聖書にブドウやワインの記述がたくさん出てくることは、知っていて、気になっている。そこに描かれるブドウは、どこまでも土地や人の体の血肉と結びつけられ、生々しく重いものだ。このイザヤ書の「ブドウ畑の歌」の一節も、そこに含まれる教えを受け取れているわけではないのだろうけれど、印象に残る。(『ヨハネ黙示録』にもこの場面が描かれていて、そちらは「神の怒りの搾汁機」から溢れるほどの「血」が描かれて、より痛烈)

私の愛する人は肥沃な丘の中腹に
ブドウ畑を持っていた
土を掘り起こし、石を取り除け
選りすぐりのブドウを植えた。
畑に物見やぐらを建て
搾汁機もつくった
そして、よいブドウを収穫するのを待ち望んだが、
悪いブドウしかできなかった[中略]
私はよいブドウを待ち望んだのに
なぜ悪いブドウしかできなかったのか?

これらは「古代ワインの謎を追う」の中で読んだ。この本は、現代のワイン産業の裏で失われてきた、ブドウ品種やワインの製法を巡る旅が描かれている。遺跡から採取されたDNAによって見つかる古代品種、まわりからは「変人、狂人、時代遅れ」と見なされた人が守った伝統品種など、読んでいると、古代からいかに多種多様なブドウが、みずみずしい実を結んできたかをありありを感じることができた。
他に、ダーウィンの蔦性植物の記述の引用も。私のブドウへの興味は、半分は果実、半分は葉と蔦からできているのだと改めて思う。

植物が蔓性植物になるのは、光に到達し、葉の大きな表面を光の動きと自由大気の動きに触れさせるのが目的と考えられる。…」

ブドウではないが、そのクネクネとねじれて育った姿を見て以来、ずっと気になっている木がある。この木には、ある場所から根ごと移植されたという過去がある。先日念願叶って、植物生態学を専門とする先生に、なぜそのねじれについて質問できて、推察される日照との関係を説明してもらった。植物の生長を考えるなら基本中の基本なのだけれど、私にはそこがすっぽり抜け落ちていて、土壌のことばかり考えていたので、植物と天体というそのスケールにはっとさせられたのだった。そういえば、スイスで月の満ち欠けに基づいてぶどうを栽培するビオディナミのワイナリーに友達と行って、とても美味しい白ワインを飲んだこともあった。当時はオーガニック農法の一つという理解しかしていなかったけれど、地球で生きるものが、けして地球の中だけで完結していないことに、今更ながら気づかされる。
なにか目の前のものについて、どれくらい遠くのものとの連関を、具体的に考えられるか、いつも忘れないようにしたい。

束としての身体

表象文化論学会REPRE
磯野真穂(医療人類学)×伊藤亜沙(美学)
対談インタビュー「殺さずに記述すること」がとても面白かった。

——–

社会で「立つ」ために求められる単純化。でも、多様性という言葉でも足りない、バラバラの束としての身体をどうやって想像し続けられるのか、その装置としての空間を考える。

備忘のためのブドウ

ブドウ栽培2年目。昨年は管理が悪く、すべて虫の栄養になってしまった。今年は葉を塩漬けにして念願のドルマに。でも育て方が不真面目なので、食べられるほどの実には、今年はなりそうにない。虫はいない。赤ん坊みたいな実を見て楽しんでいる。

発話とブドウ」と「発話を忘れて<カザルスと母の巣箱>」を合流するような続編を作りたいと思っている。ブドウを育てることは、その姿が好きということにくわえ、リマインドのためでもある。The fact that the grapes are alive in our garden, even if small, is a reminder to me to keep that plan alive in my mind.

5月に訪れた松本民藝館、裏手に広がるブドウ棚がすばらしく、いつまでも見ていられた。
読み始めた『古代ワインの謎を追う』の感想も、そのうち書きたい。

上野公園を歩きながら

ちょうど一年前は、「体感A4展 」に参加していたんだと、上野公園を歩いていて気づいた。昨年の公園には、立ち入り禁止の囲いや張り紙があちこちにあった。もともとホームレスの人たちのすまいを一掃してきた場所だったけれど、その光景もまた、公園とは決して市民のものではないということを告げるような冷たさがあって、忘れられない。

今年は、駅からしてすごい人の数。戸惑いつつ、これこそ公園という気持ちで、群れの一部となって歩き出す。
その日は、今年のセレクション展の、特に「たえて日本画のなかりせば:東京都美術館篇」を見るため東京都美術館に向かっていた。印象的なタイトルは、「もしも、東京美術学校由来の日本画がなかったならば、いま、日本画はどのようなものとなっていたか」という、SF的な想像力で、既存の美術史を揺さぶる問いになっている。

展覧会は濃密なものだった。作品は、縁日のお祭りで見せ物を見て回るような体感で鑑賞できる。どの作品がどの作家によるものなのかは、資料に明記されてはいるし、各自の内容は具体的で個性も発揮されているが、輪郭や境界はどこかあいまいで、作品は物理的には群れに感じられたことが不思議だった。しかしその見え方は、想像や思考実験の域から悠々とはみだし、現実の場として、見る人を没入させる説得力をもっていた。

展示室の入口からほど近い位置に、3人の作家(川合南菜子、土田翔、三瀬夏之介)からなる「歩火」というグループのステートメントがある。

「〜過保護に守られた展示室や密室のアトリエから自らを解放し、外界の地理的条件や環境の変化、歴史的文脈や、様々な情報を感じながらも手は動き続ける。〜」

これを読んで、今この展示空間にいる自分が抱き始めている気持ちが何なのか自覚する。それは、たとえ今がどのようで時代であっても、彼らのように作り続ける人間が必ずいるという、信頼にも似た気持ちだった。

ところで、この展覧会には、その開催はまだ決まっていないほぼ一年前に、ある試みが行われていた。それが「たえて日本画のなかりせば:上野恩賜公園篇」。2021年6月5日に、作家たちが上野公園に集い、各自でさまざまな(個人的、ゲリラ的、パフォーマンス的な)アクションを行ったのだという。公開されている記録映像を、私は展覧会に行く前に見ていたので、実際に目にする公園にいる人たちの自由気ままな営みが、いちいち眩しく大切なものに感じられた。というのも、その映像には、当然作家のアクションが記録されているのだけど、ただの背景以上の存在感をもって、その時公園で過ごす一般の人たちも写っていて、彼らの営みと作家の実践とは、本質的には違いがないと感じたためだった。今がどのような時代であっても、人々は広場や木陰に集って、自分(たち)の為の時間を過ごそうとする。そうした公園の光景と、今度は美術館の光景とが重なり、増えた縦糸とともに、自分の思考が編み直される。あえて遠回りの散策をしながら美術館に向かう道の上で、この展覧会から私が得られるだろうほとんどのことを、先んじて受け取っていたのだと思う。

現実と想像は簡単に分別できるものではない。時にそれらの錯綜を経由し、現実の縦糸を増やすことが、これからを生きるために大きな助けとなる。日本画という特定のジャンルをテーマにした展覧会で、そのようなことを実現している(と感じさせる)ものを見たのは初めてかもしれない。というか、見てきたかもしれないけれど、そのように気づけた展覧会は初めてだった。

liontails1001.wordpress.com

気分を一新して(以前のブログのリニューアルを失敗して)、新しいアドレスに引っ越しました。まずは千夜一夜分書くのを目標に。

時々、誰に見せるためでもなく書き溜めてきた文章や制作日記を読むと、思考というものは、書かなければ消えていく、その一瞬一瞬の粒子の集合のようなものだとわかります。粒子自体は残ってもその配置がその時かぎり。書かなければ、考えなかった感じなかったも同然。

背景イメージは2021年につくった映像作品「Mining for」から。

高山明「みんなのうたプロジェクト」

発声をともない、かつ急な話で、この状況では自分には難しいと判断したイベントが一件あった。私は仕事に小さな穴を空け、それは別の方が塞いでくれた。長く続くコロナ禍で中止になったことはあっても、自分からやめたのは初めてで、決断前も決断後もモヤモヤとし続けた。
この状況で精力的に発表できるというのは本当にすごいことだと思う。それだけに、自分がひどく弱虫だと感じられる。

そんな精神的低空飛行の中、東京ビエンナーレの最終日に公開された、高山明さんの「みんなのうたプロジェクト」を聴いた。つくりはとてもシンプルだ。東京都立工芸高校に通う5人の高校生が、日本に難民として住む5人から、それぞれ故郷で親しんだ歌を教えてもらって歌う。作品では、制作の経緯や高山さんの意図などが、ラジオ風に平易な言葉で柔らかに紹介され、高校生たちの歌が流れる。今回5人のうち1人は歌わなかったが、そのことも「コロナ禍ですからそういうこともありますよね」と軽やかに説明がある。斜めから覗かないと読みとれないようなコンテキストは一片もない。

台所で野菜を切りながら、高校生たちの歌声にはっと息を飲み何度も手が止まった。声を聴くことは空気を通してその相手に触れることなのだ。どんな歌かの簡単な紹介はあるが、歌詞の意味はわからない私が、その歌を受け止められるように感じるのは、どういうことなのだろう。彼女らも歌を通して難民の方に触れ、私も彼女らの歌を通して触れる。伝染を恐れる時代に、それでも人間は他者から移され、移していくことをやめてはいけないのだと思いが自分に静かに訪れる。
なにより、怯えて家にいる自分にまで作品を届けてくれたことを、私はきっと忘れないだろう。

翻ってその数日前、夕書房企画のオンライン対談で、高山明さんと鷲尾和彦さんの「他者へのまなざしを獲得するためには」を聴いたばかりだった。その中で高山さんは、コロナ禍で制作が制限されたストレスを発散するように、世界では大規模で長時間の演劇が作られるだろうし、実際作られ始めているが、それでいいのだろうか?という疑問を投げかけていた。「みんなのうたプロジェクト」はそのようなスペクタクルとは対極にあり、そうした元通りに振る舞おうとする世界に対して、作品そのものが鋭い問いとなっていた。